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日本人の精神性と美食の発祥地、三重

4/1/2020

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ガストロノミーツーリズム 》三重県

​ライター:Xabier Sánchez Duro
仮訳提供:ジェトロ三重
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​日本の中央部南東に位置する三重県は、この国の精神性と美食の発祥の地とされている。温暖な気候、海に隣接する山岳地帯。これらが肥沃な土地を育み、緑茶やお米、サツマイモ、苺、柿、みかん、トマトといった、最高品質の産物が幅広く栽培されている。「うまし国」あるいは「デリシャスカントリー」として一般に知られているゆえんである。
 
アワビや真鯛、マグロといった海の幸も豊富だ。日本人が新婚旅行でよく訪れる志摩の湾は、主要な観光スポットであるほかに、牡蠣、ホタテ、イカ、海藻、さらに、まろやかな「あのりふぐ」(上質な天然とらふぐ)がよく獲れる場所でもある。

​美食と神道

​日本古来の宗教である神道の最高神、日本の皇室の御祖先とされる総氏神である、天照大御神がこの地にその住処を定めたのは、まさにその豊かで多彩な食の恵みによるとされており、皇女倭姫命が伊勢神宮を定めたと伝えられる。
伊勢神宮は、天照大御神をお祀りし神道の主要神事がほぼ毎日行われる内宮、そして穀物、衣食住、産業、農耕の守り神である豊受大御神をお祀りする外宮から成っている。
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​外宮の神職には、毎日、天照大御神にお食事を奉る役割がある。日本が戦時でも、津波や地震の危険に晒されても、晴れの日も雨の日も雪の日も、創建以来、外宮ではこの伝統を重んじて天照大御神にお食事が奉納されてきた。

外宮は、この地域の農業発展に大きく貢献したと考えられている。百姓や漁師、生産者や採集者が、1年の豊かな稔りを祈って神宮に供物を納めた。耕作始めと収穫を司るのが外宮である。

​日本のサンティアゴ巡礼路、熊野古道

​千年以上に渡り、熊野古道は、神道で最も重要な巡礼路の一つと考えられてきた。昔から歴代の天皇は、平穏と啓示を求めて神を崇めるため、熊野古道を形成する熊野三山をその存命中に少なくとも2回、巡礼していた。熊野古道は、サンティアゴ巡礼路と並び、ユネスコから世界文化遺産に認定された、特別な参拝道である。さらに、イベリア半島北部を走る巡礼路と姉妹道の提携も結んでいる。

5つの巡礼路を持つ熊野古道への出発点の1つがこの伊勢神宮であり、同時にそれは、少なくとも一生に一度は日本の最も神聖な土地を踏みたいと考える多くの巡礼者を迎え入れてきた。
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おかげ横丁

​伊勢に到着し、また伊勢を出発する巡礼者が大勢いるため、神宮の周辺に多くの宿屋、茶屋、食事処ができるようになり、現在のおはらい町とおかげ横丁が形成された。
 
今日、江戸時代から引き継がれた建築様式が保存されているこの通りにそって、様々な美味しいものを食べ歩けば、間違いなく古い時代に誘われよう。
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ここには、日本で最もおいしい牛肉とされる松阪牛から、日本の様々な屋台食やB級グルメまで取りそろっている。中でも象徴的なのが伊勢うどんだ。ご当地料理のこの太麺のうどんは、出汁で割ったたまり(味噌を絞る時に副産物として出る植物性たんぱくが豊富な液体で、醤油の起源でもある)で供される。このうどんは、江戸時代に百姓が栄養価を高め腹持ちするように、うどんにたまりをかけて食べていたのが始まりと考えられている。その後、この地域の宿で神宮への参拝者に提供されるようになり、今ではこの地域一帯で人気の一品である。

300年以上も昔、1707年に伊勢で生まれた赤福餅でも同じことが言えよう。この地の名物であり、もち米と小豆で作られたこの小さな菓子は、その美味しさから力が蘇るとして巡礼者の間で大変人気であった。「あんこ」は小豆で作るペーストで、主に和菓子の中に包む具材として使われる。赤福の場合は、あんこで外側を覆っており、その形は内宮を流れる五十鈴川の清流を表している。
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​神々の蜜

1912年、三重で最初の養蜂会社が設立された。創業者の水谷松治郎はたった三つのミツバチの巣箱から全国にはちみつを広めた。1928年、二代目は、花の咲く地域へ巣箱とミツバチを移動する日本で最初の近代養蜂の基礎を築いた。日出る国で最も象徴的な樹木の一つである桜の開花に合わせて、それは伝統的に南から北へと行われた。

現在、松治郎の舗は、おかげ横丁の外れに小さな店舗を構えており、そこではさまざまな種類のはちみつが試食でき、はちみつで味付けされた飲み物やコーヒーも楽しめる。旬の時期には蜜の採取体験もできる。
このはちみつは殊の外なめらかで程よい甘さであり、おはらい町の真ん中に出しているはちみつでコーティングした大学芋の店は、日本人の間で好評を博している。
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